「要するに、エネルギー効率が良くて、金銭効率も良く、人が誰もいない場所、か……」
「良く考えると凄い条件でござる!」
「私達は少々我侭を言っているのかもしれませんね」
満場一致の贅沢な条件だ。
結婚相手に年収一千万を要求するのと同レベルの我侭と言える。
もしもこんな狩り場あったら、必ず誰かいるよ。
そうなると少しランクを落とす、なんて事を考えるが結局誰かに見られる可能性は0にはできない。
というか、そもそもが無理な話なのかもしれない。
MMORPGのサービスが始まれば、当然人気狩り場と過疎狩り場が生まれる。過疎狩り場は人が少ないけれど、誰も近付かないという事は普通に経験値効率が悪い。
「しかし誰もいない狩り場か……」
我ながら無茶を言ったもんだ。
最初からそんな場所がある訳が……待て、あるじゃないか。
エネルギー効率は正直完全に把握した訳では無いので断言できないが、少なくとも常闇ノ森より強いモンスターが沢山生息している場所を俺は知っている。
だが、あそこは――
「絆殿? どうしたでござる」
「何か名案を浮かびましたか?」
二人が期待の眼差しで眺めてくる。
昨日のリザードマンダークナイト戦の影響か、期待値が高いのが心苦しい。
「一つだけ、現状おそらく誰も近付かなくて、モンスターが常闇ノ森より強い場所を知っているんだが、正直おすすめできるとは断言できない」
「それはどの様な場所なのでござる? 行ってみなければ決断はできぬと思うでござる」
……俺は別にそこで良いと思っているんだが、硝子と闇影が気に入るか。
いや、まあどうせ三人で決めるんだし、案だけでも出すか。
「海だ」
「海、ですか?」
「ああ、以前木の船ってアイテムで第一の海で、沖まで行った事があるんだ。まだ総エネルギー量が少なかったというもあるが、結構強いモンスターがいた。その時は逃げ帰ってきたけど、三人ならもしかしたら……って思ってな」
「なるほど、確かに判断に悩みますね」
まずモンスターがどの程度生息しているのか、俺達三人で倒せるのか、安全をキープできるのか、簡単に上げられるだけでも知らない事が多過ぎる。
それでも一応条件はクリアしている。
船の上なので誰かに見られる確率は低い。モンスターも結構強く、誰も倒していないモンスターなので素材の流通量は確実に少ない。
仮に解体アイテムを大量に売却しても、そこのモンスターは沢山アイテムを落とす、という事にすればしばらくは狩れる。
「他にも問題があった」
「問題とはなんでござるか?」
「船が小さい」
俺が持っている木の船+3は精々三人が限界だ。
しかも『乗るのが限界』だ。
モンスターと戦う事を仮定した場合、身動き一つ取れない。
「その船という物はどこで手に入れたのですか?」
「ああ、第一の方の露店で自作した船を売っている奴がいて、4万で買った」
「その方と連絡は取れるでしょうか?」
「と言っても名前も知らない、露店商だからな……」
「船が製造物なのでござれば、製作者の銘がアイテムに刻まれているのではござらぬか?」
「そうなのか?」
オンラインゲームでは製造職が作ったアイテムに名前が付く事は当たり前だ。
俺は木の船+3をアイテム欄から眺める。
あった。製作者の欄が確かにある。
『しぇりる』ひらがなだ。
重複しそうでしなさそうな、微妙な名前だ。きっと重複したのだろう。
「ちょっと連絡してみる」
一度断りを入れてからカーソルメニューにあるチャットの欄を選択。
しぇりる、とひらがなで入力してチャットを送った。
都合が付けば良いが。
一応昼なので一週間前に昼間活動していた彼女が生活スタイルを変更していなければ繋がると思う。仮に繋がらなくても夜にもう一度かければいい。
無論、三回チャットを送って全部拒否されたら連絡を受けるつもりがないと諦めるか、あるいは直接会ってみるというのも手だろう。
アルト辺りに聞いてみれば、友好関係の広いアルトの事だ。知っているかもしれない
――チャットにしぇりるさんが参加しました。
「あ、突然すいません。絆†エクシードと言う者ですが、一週間程前貴女の店で船を購入したんです」
「…………」
あれ? 反応がない。
ちゃんと繋がっているか? いや、電話じゃないんだ。間違え電話みたいな事は早々ないだろう。何より別段複雑な名前でも無いのだから間違えようがない。
「聞こえていますか?」
「……聞こえてる」
「それはよかった。それで、ご相談なのですが、先日買った船は二人乗り位のサイズでしたが、もっと大きな船は売っていませんか?」
「……ない」
「そ、そうですか……」
少し期待していたのだが、そう簡単に上手く行く訳ないか。
さて、そうなると次の案を考えないとな。
「お時間取らせてすいません。では――」
「だけど、材料さえあれば作れる」
「材料、ですか」
「船を買った人物に心当たりは一人しかいないから……多分あなたの事、覚えてる。4万をぽろっと出せる人なら材料も揃えられるかもしれない」
なるほど。
記憶が確かなら、4万セリンで材料と経費だったはず。
彼女の目的は不明だが船を進んで作っているのだから、材料費さえ出してくれるなら、製造スキル持ちとしては願ったり叶ったりと考えられる。
「……具体的な材料数は船の大きさによる。希望は?」
「三人の人間が自由に動いて戦える位の大きさなのですが可能でしょうか?」
「…………」
「えっと」
「……待って、計算してみる」
地味に無理な相談しているよな。
しかし船の材料か。
仮に今所持している船が3万5000セリン位で作られていたとして、この3倍……いや、4倍から5倍の大きさだったとすると17万程になる計算だ。
正直、そこまで来ると高過ぎる。所持金も相当オーバーしてしまう。
「……こっち来れる?」
「はい?」
「あなた、こっち来れる?」
「こっちとは第一ですか?」
「そう」
「行こうと思えば可能ですが、今は第二にいるので少し掛かるかと」
「そう」
「一度実際に会おうという事ですか?」
「……そう。できれば、三人と言ったもう二人も連れてきてほしい」
一度硝子と闇影に視線を向けた後、少し考え。
「仲間内で相談した後で良いですか?」
「ええ」
「それなら、何時頃に行けば良いでしょうか」
「いつでも構わない。あの時と同じ場所で店を出してるから」
――しぇりるさんがチャットから離脱しました。
まだ分からないが少しは前進したのかもしれない。
……それにしても主語が無い子だったな。少し話していて大変だった。
「どうでした?」
二人が訊ねてくる。
当初より話の内容が変わっている。説明する必要があるな。
「一応連絡は取れた。唯、もしかしたら製作から手伝う事になるかもしれない」
「どういう事でござる?」
「まあそこ等辺の出費は俺が出すから安心してくれ、重要なのはそっちじゃない」
「と、言いますと?」
「製作者に直接会う事になった。本人曰く俺以外にも硝子や闇影に会いたいらしい。一応会うかどうかは本人しだいって事にしたけどな」
彼女も『できれば』と口にしたので、可能なメンバーだけで行くのが無難だろう。何より彼女にそんな強制力はない。まあ俺個人としては全員で行きたいが。
「それでは全員で参りましょうか」
「了解でござる」
「いいのか? 事後承諾みたいな感じになったけど」
「はい。行き詰っていた状況ですし、絆さんだけに苦労を強いる訳には参りません」
「自分は絆殿と函庭殿の影でござる。影は常に後ろに居る物でござる」
喜べば良いんだろうが、最後のストーカー宣言についてはごめん被る。
ともかく俺達は徒歩で第一都市に向かう事にした。
仮に話が流れたとしても今日の所は多少効率が悪くても夜に常闇ノ森で狩る事になった。ケースバイケース、といった感じの流れだ。
マリンブルー
「いた。あれだ」
俺達三人は第一都市にある、一週間前俺が船を買った広場に来ていた。
露店には俺が購入した船と同じ物が並んでいる。
くすんだブルーグレーの髪にマリンブルーの宝石が胸に付いた晶人の無表情な少女。
オーバーオールを着ているしぇりるは一週間前と同じく暇そうに空を眺めていた。
「あの方ですか? 女性の方だったんですね」
「絆殿は婦女子ばかりに目が行くのでござるな」
「……なんか俺、責められてないか?」
謎の追求を無難に避けつつ、露店の前に立つ。
するとしぇりるの視線が下がって俺を見詰めた。
「ん」
……何だ、そのセリフは。
挨拶か何かなのかもしれないが、どうも掴み所がない。
「さっき連絡した絆だ。言われた通り仲間を連れてきた」
「そう」
「初めまして、函庭硝子です」
「そう」
「自分は闇影でござる。何ならダークシャドウでも良いでござるよ」
二人としぇりるは各々に自己紹介を始めた。
しかし闇影さん。あんた、まだそのネタ使うのか。
「……わかった。闇子って呼ぶ」
「くっ!」
咄嗟に口元を押さえる。
「な、何故その名称を知っているでござるか!?」
「……別に?」
このネタに持っていく発想は俺だけじゃなかった。
どうでもいいが、少ししぇりるに共感を抱いてしまった。
ともあれ商談だ。
あまりにも突飛な値段を請求されれば船所じゃないからな。
「それで、船作りの商談にどうして二人が必要だったんだ?」
「どうして船が必要なのか、知りたかったから」
「……? 船の必要性と人数は関係ないのではないですか?」
「そうでもない。一人で船は動かせないから」
確かに小船程度ならどうにか戦えるが、大きな船となるとそれも難しそうだ。
「聞きたい。どうして大きな船が必要なの?」
「嘘を吐く理由がないな。単純に経験値がおいしそうだと思ったからだ」
「……そう」
しぇりるの無表情の中に若干気を落とした様な雰囲気を感じた。
パーティーとしての本音はここまでだが、俺個人としてはまだある。
「後、俺は船を使って海に行った事があるんだが、気になった……というのも強い」
「気になる?」
「ああ。船を作れるなら一度は海に出た事があるだろう?」
「ん」
「妄想と言われればソレまでだけど、俺はあの水平線の先に何かあると考えている。なんというのか、風が呼んでいる様な、そんな気がするんだ」
「……そう。わたしと同じ。あなたなら話しても、いい」
どういう事だ? と顔で訴える。
置いていかれている二人も似た様な表情だ。
しかし我関せずといった態度でしぇりるは口を開く。
若干だが無表情の中に決意の様なモノが見える気がするのは気のせいだろうか。
「自己調査になるけど、今海に注意を向けている人は少ない。皆、第二第三が目的で、無視されてる」
「そうなのでござるか?」
「言われてみれば、一週間位海にいたけど俺以外が船を使ってる所を見た事が無いな」
その影響もあってタイやマグロは高く売れた。
仮にしぇりるの話が事実なら沖の魚が高く売れたのにも納得が行く。
何よりも俺は空き缶商法で金があったが4万セリンといえば結構な額だ。解体スキルを持っていない釣りスキル持ちが稼ぐには少々酷だろう。
そして金を持っているであろう前線組は今、第三都市発見に尽力している。
自然と第一にある海なんて無視されていく、という事か。
「そもそもこのゲームは一人でできる限界がある。最初は泳いで沖にいったけど、途中から進めなくなってる。多分、個人の限界がある」
「まあ、MMOだしな」
なんでも一人でできるなら他人が必要ないコンシューマーで十分だろう。
何よりも普通のネットゲームと違って、セカンドライフを謳っているこのゲームは一人で行動するのもありだとは思うが、やはり他人との交流にも重要な要素を割かれていると考えて何等不思議はない。それに攻略掲示板がないので、自分達で行動を起こさないと始まらない、というのもある。
「……だから海へ行こうと考える、強くてお金のある人、探してた」
「残念ながら、俺はそんなに強くない」
「そう」
「だが、硝子は元前線組だ。プレイヤースキルは相当だぞ」
「私、ですか?」
「おう、間違いなくこの中じゃ一番強い」
「そ、そうでもありませんよ。上には上がいます」
ほんのりと頬を染めて照れた表情を浮かべる硝子。下手に自分は強いという奴よりは何倍も強い。少なくとも俺はそう思っている。
ゲームでは昔から自称普通程信頼できない奴はいない。
良い意味でも、悪い意味でもな。
……対戦ゲームで痛い程経験している。
「わたしは海の向こうに行って見たい。皆気付いてないけど、何かある、はず」
しぇりるは俺と同じ考えの奴だったのか。
いや、誰だってあの大海原を一度でも経験していれば、そう思うはずだ。
この先に何かあるって。
「小船だと途中で海流が強くなって進めない。材料さえあれば船は作れるけど、モンスターも多いし強いから死んじゃう。ソロだと……限界。力を貸して欲しい」
個人的には協力したい。いや、協力する。
例え二人が反対しても協力しよう。
10万セリンは持っているので船を作成する分の足しにはなるだろう。
問題はあのモンスターを倒せる戦力だが、俺は半生産職なので難しい。そうなると最初に戻って二人の協力が必要になる。
嫌なスパイラルだ。いわゆる負の連鎖って奴だろう。
「絆さん!」
「な、なんだ?」
硝子がぐいっと俺の両手を掴んで見詰めてきた。
これはどういう意味でしょうかね。
「協力しましょう!」
「……いいのか?」
「何を言うんですか。人様の役に立つ……とても素晴らしい事です」
函庭硝子。人情に厚い女である。
まあ半分冗談にしても硝子が協力的で良かった。
「闇子さん、もちろん協力しますよね?」
「然様でござる」
しかし、こいつ等妙に融通が利くよな。
硝子に至っては元前線組なのだから、もう少し効率に走ると思っていた。
「まあそういう感じだからさ。俺達はどうすれば良い?」
しぇりるに向き直り、意見を問う。
正直、船を作れるのはしぇりるしかいないのだから、しぇりるに聞かなきゃ始まらない。
「いいの?」
「ああ、見ての通り三人ともスピリットだからな。はぐれ者が多いんだ」
「わかった。必要なのは――」
俺達三人に加えしぇりるも含めると最低四人が乗れる船が必要だ。
海流を越えるとなると当然大きな船は必須だろう。
――必要な材料は。
トレントの木、500個。
丈夫な布、200個。
鉄、20個。
風斬石10個。
結構必要だな。
俺の全財産を出費しても足りるかどうか。
「しぇりるは何個か持っているのか?」
「その内風斬石10個、布100個、木200個は持ってる」
「半分位か……相場しだいでは揃えられるかもな」
「……本当にお金持ち」
空き缶商法とマグロ商法によるあぶく銭だがな。
ともあれ相場を聞くのに最も適した人物が一人いる。
「待っていろ。少し顔が広い奴がいるから、そいつに安く仕入れられないか聞いてみる」
アルトなら空き缶商法の件もあるし、少し位融通してくれるだろう。
何より、あいつは自分が得になる事は頷く。こんな絶好の金稼ぎ、滅多にない。
「では、私と闇影さんは比較的に入手が簡単なトレントを倒して来ます」
「承知でござる」
トレントがどの程度のモンスターかは知らないが、二人の反応からそこまで強くないのだろう。集めてくれるのは助かる。
「……わたしも手伝う」
「それじゃあ、パーティー入っとくか。そっちの方が便利だろう?」
「いいの? わたし、レベル6」
レベルと言われても良くわからない。
それにネットゲームはレベルとか関係なく好きな奴と一緒に組むもんだ。
少なくとも俺は効率より、そっちの方が楽しいと思う。
「レベルとか関係ないだろう。協力した方が何倍も早い。だよな?」
「もちろんです!」
「自分はドレインができるのなら、何等意見はござらぬ」
「……ありがと」
――しぇりるさんをパーティーに招待しました。
……そう
「……フルハープン」
銛の攻撃スキルがトレントに命中し、禍々しい顔を浮かべたままトレントは倒れた。
しぇりるの武器は銛。
いわゆる海でスピアフィッシング的な戦闘に適した武器だ。一応槍に分類される武器らしいが、銛の様な形状の武器を使っていたら派生したらしい。
そしてしぇりるのレベルは俺達とパーティーを組んでから4上がり、10になっていた。
「トレントの木は……一応500個そろったか」
「粗悪品を含めていますから、もう少し必要ですけどね」
俺やしぇりるを始めパーティー全員の考えが一致して、船に使う材料は可能な限り良い物にしようという事になった。なので俺達は材料が少々高額になっても高品質の品を選んでいる。
「一応布の方はアルト……知り合いに頼んでおいたけど、数が数だからな」
丈夫な布は裁縫スキルのアイテムだ。だから100個となると手間も費用も嵩む。
それを100個売ってくれというと時間をくれるかな、と言われた。
断らないのが商人たるアルトの凄い所か。
「鉄の方は気を付けて選ばないとな。現状、粗悪品の方が圧倒的に多い」
「何か知っているのでござるか?」
空き缶が原材料だからな。
あんなの序盤だけで鉄鉱石が見付かったらゴミ以外の何物でもない。
「べ、別に。ともかく俺達で集められる材料は大体揃ったか?」
「……うん」
しぇりるが頷く。
あれから丸々一日が経過している。
トレントの方は硝子を始め、俺ですら余裕に倒せた。お世辞にもあまりランクの高いモンスターとは言えない。ともあれ合計500個ともなると戦闘数は多くなる。
何よりも現状、トレントの木を素材に使う製造スキルは少ないので、露店でもあまり並んでいない。これはアルトからの情報だ。
尚、しぇりるは今までの二週間、時間に余裕を見つければコツコツとトレント狩りをしていたらしい。相性の良い武器でもなければ、レベルも足りていないので一匹倒すのも時間が掛かっていたそうだが。
「ともかく後何個か木を手に入れたら一度第一に帰ろうぜ」
「そう」
「思ってたんだが、その『そう』っていうのは口癖か?」
「そう」
「……わざとか?」
「別に」
「いいけどさ」
「そう」
こんな感じだ。言葉足らずというか、話ベタというか、闇影とは別の意味でコミュニケーション障害の気質がある。
一応話してみれば普通というか、趣旨は理解できるけど、その努力が必要というか。
まあプレイヤーのほとんどが第三都市を見つけようと躍起になっている時に海を目指そうなんて、考えている奴等だから少し他より変なのはしょうがないか。
いや……俺も類友だが。
「……なに?」
おっと、しぇりるを眺めていたのがバレた。
俺は誤魔化す様に言い訳を口にする。
「なんでもない」
「そう」
「ともかく、後少しだな」
「うん。絆、ありがと」
「俺だけの協力じゃないだろう? 皆のおかげだ。もちろんしぇりるもな」
「……そう」
なんだ? そのしらけた、みたいな『そう』は。
なんだかんだで、ああいうセリフは結構恥ずかしいんだぞ。